同じ説明を何回もしているのに、なぜか伝わらない。こちらは丁寧に言ったつもりなのに、相手は違う意味で受け取る。仕事でも家庭でも、このズレはかなり消耗します。
ただ、ここで『相手の理解力が低い』『自分の言い方が下手だ』と決めると、解決が狭くなります。認知科学の見方で考えると、問題は言葉そのものより、言葉を受け取る前提が相手と違うことにあります。
用語メモ
認知科学
人がどのように知覚し、考え、覚え、言葉を理解するかを調べる学問領域です。心理学、言語学、脳科学などと関わります。
この記事の軸は一つです。伝わる説明とは、言葉を増やすことではなく、相手の解釈の前提をそろえること。だから、やるべきことは『もっと詳しく話す』ではなく、『相手が何を知っていて、何を重要だと思っているかを先に確かめる』ことです。
この記事の答え
伝わらない原因は、言葉が足りないことだけではありません。相手のスキーマ、関心、知識量、今の状況が違うと、同じ言葉でも別の意味になります。まず相手の前提を確認し、理由を添え、抽象と具体を行き来し、最後に相手の言葉で返してもらう。これが、同じ説明を繰り返さないための基本手順です。
こんな人に向いています
- 説明しても、相手が別の意味で受け取ってしまう人
- 仕事や家庭で『何回言えば分かるの』と言いたくなる人
- 伝え方を、根性論ではなく手順として整えたい人
何が良くて、なぜそうするのか
説明量ではなく、相手の解釈の前提をそろえられる
人は言葉をそのまま受け取らず、自分の経験や関心を通して意味づけるから
説明前に相手の知識・状況・関心を確認し、理由と例を添える
最後に『どう受け取ったか』を相手の言葉で返してもらう
結局、何が良いのか
良い説明とは、きれいな言葉を並べることではありません。相手の頭の中で、こちらの言葉がどう解釈されるかまで含めて設計することです。
たとえば『早めにやっておいて』という言葉は、人によって意味が変わります。今日中なのか、午前中なのか、今すぐなのか。自分の中では明確でも、相手のスキーマが違えば、別の行動になります。
用語メモ
スキーマ
経験や知識から作られる、ものごとの受け取り方の枠組みです。同じ言葉でも、持っているスキーマが違うと浮かぶ意味が変わります。
この記事での結論
- 良いこと:前提のズレを減らせる
- 理由:人は言葉を、自分の経験と関心で解釈する
- やること:前提確認、理由、例、聞き返しをセットにする
なぜ、何回説明しても伝わらないのか
一つ目の理由は、スキーマの違いです。『普通は分かるはず』の普通が、人によって違います。育った環境、仕事の経験、専門知識、失敗した記憶が違えば、同じ言葉から思い浮かべる場面も違います。
二つ目の理由は、相手にとって重要だと感じられていないことです。人はすべてを覚えられません。自分に関係がある、今困っている、行動しないと損をする、と思えた情報から残りやすくなります。
三つ目は、認知負荷です。説明が長すぎたり、専門語が多すぎたり、結論と例が混ざったりすると、相手は理解する前に疲れます。詳しく説明しているのに伝わらない時は、情報量が多すぎることもあります。
用語メモ
認知負荷
頭の作業スペースにかかる負担のことです。一度に情報が多すぎると、理解や記憶に使える余裕が減ります。
まず、相手の前提を聞く
説明を始める前に、相手がどこまで知っているかを確認します。これは試験ではありません。相手を責めるためではなく、説明の入口を合わせるためです。
最初に聞く3つ
- 『ここまでで、どこは分かっていますか?』
- 『どこから説明した方がよさそうですか?』
- 『今回、いちばん困っているのはどこですか?』
相手の現在地が分かると、説明の量を減らせます。
ここで大事なのは、相手の答えを待つことです。相手の現在地を聞かずに説明を重ねると、地図を見ずに道案内するようなものになります。
結論には、必ず理由を添える
人は『やってください』だけより、『なぜ必要か』がある方が動きやすくなります。理由は長くなくて構いません。むしろ短く、相手の損得や目的につながる形にします。
言い換え例
- 弱い:『明日までに出してください』
- 強い:『明日の午前に確認時間を取るので、今日中に一度出してください』
- 弱い:『この手順でお願いします』
- 強い:『後から修正が増えないように、最初だけこの手順でそろえます』
理由を添える目的は、相手を言いくるめることではありません。相手が『なぜ今これをするのか』を自分の中で位置づけられるようにすることです。
抽象と具体を行き来する
具体例だけを並べると、相手は『で、結局どうすればいいのか』を見失います。反対に、抽象的な方針だけだと、現場で何をすればいいか分かりません。伝わる説明は、この二つを往復します。
用語メモ
抽象
細かい事例をまとめた、大きな方針や考え方です。例だけでは迷う時に、全体の方向を示します。
伝わりやすい順番
- 抽象:まず方針を一言で言う
- 具体:相手の場面に近い例を1つ出す
- 再抽象:最後にもう一度、方針へ戻す
例を出す時は、自分にとって分かりやすい例ではなく、相手の生活や仕事に近い例を選びます。相手の例で説明できた時、言葉は初めて相手のものになります。
服装や態度も、説明の一部になる
説明は言葉だけで届くわけではありません。相手は、服装、姿勢、表情、声の大きさからも『この人の話を聞いて大丈夫か』を判断します。TPOに合わない見た目や態度は、それだけで聞く姿勢を下げることがあります。
用語メモ
TPO
Time、Place、Occasionの略で、時・場所・場合に合っていることです。服装や言葉のトーンも、相手が聞く姿勢に影響します。
これは相手にこびる話ではありません。相手が安心して聞ける入り口を作る話です。工場なら現場に合う服装、商談なら相手の温度に合う清潔感。聞いてもらう前に、余計な違和感を減らします。
最後は、相手の言葉で返してもらう
『分かりましたか?』と聞くと、多くの人は『はい』と答えます。でも、それでは本当に伝わったか分かりません。確認したいのは、相手が自分の言葉で説明できるかです。
角が立ちにくい確認
- 『念のため、今日やることだけ一緒に確認してもいいですか?』
- 『私の説明がずれていないか見たいので、どんな理解になったか聞かせてください』
- 『最初の一手だけ、どう進める予定ですか?』
ここでズレが見つかったら、相手を責めるのではなく、説明の設計を直します。コミュニケーションは、相手をコントロールすることではなく、ズレを見つけて調整する作業です。
根拠の読み方
- スキーマの違い:人は言葉をそのまま受け取るのではなく、持っている知識や経験の枠組みで意味づけます。だから同じ言葉でも、浮かぶ行動が変わります。
- 理由の効果:Langerらの研究は、理由を添えた依頼が承諾に影響することを示した古典的研究として知られています。ただし、どんな理由でも万能という意味ではありません。
- 認知負荷:Swellerの研究は、処理する情報が多すぎると学習や理解に使える余裕が減ることを考える手がかりになります。説明では情報量を減らすことも重要です。
参考にした情報:
題材にした動画:『何回説明しても伝わらない』はなぜ起こるのか?
日本広報協会:今井むつみ著『何回説明しても伝わらない』はなぜ起こるのか?
Langer, Blank & Chanowitz (1978) CiNii Research
Sweller (1988) Cognitive load during problem solving, CiNii Research
今日やること
次の説明で使う4手順
- 相手の現在地を聞く:『どこまで分かっていますか?』を最初に入れる。
- 結論を一文で言う:何をしてほしいかを先に言う。
- 理由と例を一つずつ添える:なぜ必要か、相手の場面なら何に当たるかを短く足す。
- 相手の言葉で確認する:『最初の一手は何になりそうですか?』と聞く。
変化を見るポイント
- 同じ説明を繰り返す回数が減るか。
- 相手からの質問が、的外れではなく具体的になるか。
- 説明後に、相手が最初の行動を言えるか。
- こちらが『何回言えば分かるの』と言いたくなる場面が減るか。
ここだけ注意
説明で解決しない場合もある
- 相手が聞く気をまったく持たない
- 権限、責任、期限が曖昧なままになっている
- 説明ではなく、合意・契約・役割分担が必要な問題になっている
- 何度確認しても、相手が約束を守らず被害が出ている
この場合は、説明力だけで抱え込まず、ルール、期限、記録、第三者の確認を使った方がよいことがあります。
まとめ
何回説明しても伝わらない時、同じ言葉を増やしても解決しないことがあります。なぜなら、人は言葉をそのまま受け取らず、自分のスキーマ、関心、状況を通して理解するからです。
だからやることは、説明を長くすることではありません。相手の前提を聞き、理由を添え、抽象と具体を行き来し、最後に相手の言葉で確認する。伝わる説明は、相手を変える技術ではなく、ズレを一緒に見つける設計です。
本記事は、共有いただいた動画内容と関連資料をもとにした一般的なコミュニケーション記事です。職場のハラスメント、契約トラブル、深刻な対人問題は、説明の工夫だけで抱え込まず、記録や専門窓口の利用も検討してください。









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